43歳で100万円の家を買ったら、暮らしと人生はどう変わったのか

izu house sea view お金と暮らし

43歳で、伊東市にある中古住宅を約100万円で買った。

海が見える家だった。ただ、購入した時点では使えるトイレがなかった。

家を買えたからといって、その瞬間に暮らしが完成したわけではない。設備を用意し、直す場所を決め、修繕見積もりや固定費とも向き合いながら、私はこの家で約2年間暮らしてきた。

これは、100万円の家を買った後に、住める状態を自分で作っていった記録です。

100万円で家を買っても、暮らしはすぐに始まらなかった

この家を買う前は、埼玉で毎月5万円ほどの家賃を払っていた。更新時期も近く、犬のクロムと暮らせる次の場所をどうするか考えていた時に、伊東のこの家を見つけた。

約100万円で、海が見える家を自分のものにできる。そのことは大きかった。ただ、安く買えたことと、すぐ暮らせることは別だった。

書類上で確認すべき点は確認した。それでも最後に背中を押したのは、窓の外の景色だった。

売買が終われば家は自分のものになる。でも、毎日そこで暮らせる状態になるまでには、別の作業が残っていた。

最初に作ったのは、普通に暮らせる状態だった

最初に困ったのはトイレだった。この家には、すぐ使えるトイレがなかった。

トイレ本体を約3万円で用意し、ウォシュレットはYahoo!オークションで約1万円で買った。ただ、便器を置くだけでは使えない。置く場所、配管、床、接続を考え、毎日使える状態にする必要があった。

屋根と壁があって住所があっても、それだけでは生活は始まらない。「家を所有すること」と「普通に暮らせること」の間には、時間とお金と作業があった。

購入直後の数週間をどうしのいだかは、トイレが使えなかった時の記録に分けて書いています。

修繕は、買った後も判断が続く問題だった

住み始めてから、修繕を軽く考えていたことを後悔した。修繕全体で200万円級、ベランダだけでも50万〜100万円ほどの見積もりを見た。

これは実際に全額を支払ったという意味ではない。見積もりを前にして、当時の自分には業者へ全部を頼む選択はできなかった。

そこで、できるところは自分で直し、すぐにできないところは残したまま暮らす方向へ変わった。安く買った分だけ安く済むのではなく、どこまで自分で引き受けるかを決め続ける必要があった。

業者への依頼、DIY、まだ残っている修繕の詳細は、直しながら暮らした修繕記録に分けています。

家賃がなくなっても、負担が消えたわけではなかった

購入後には、固定資産税の納付書も届いた。この家の固定資産税は年間約18,000円だった。

毎月5万円ほどの家賃を払っていた頃と比べると、負担の見え方は変わった。家賃がなくなったことで、まず生活を続けられるかもしれないと思えたのは確かだった。

ただし、税金が安ければそれで終わりではない。修繕にどう向き合うか、仕事をどう続けるかは、自分の場合には別の問題として残った。

購入時から約2年の費用全体は、100万円の家を持った実質コストにまとめています。固定費が下がっても仕事の問題が残った経験は、固定費は下がったけど、仕事の問題は消えなかったに分けました。

直しながら暮らした約2年で、生活の見え方が変わった

約2年間、完璧な家になったわけではない。DIYや修繕はまだ続いている。

それでも、自分で直した場所が少しずつ生活の場所になった。クロムと海の近くを散歩し、朝日で目を覚まし、直したベランダで過ごす時間ができた。

家賃から少し離れたことや、海の近くで暮らせることだけが理由ではない。不完全な家を、自分で住める場所にしていく感覚が、自分には合っていたのだと思う。

この家で変わった日常のことは、伊豆の山の上で暮らす朝に分けています。

まとめ|100万円で買ったのは、完成した暮らしではなかった

100万円で買ったのは、完成した快適な暮らしではなかった。

使えるトイレがないところから生活を始め、修繕見積もりを見て、固定資産税も払いながら、住める状態を少しずつ自分で作ってきた。約2年間で、楽なことばかりになったわけではない。

それでも、この現実を引き受けた上で、もう一度同じ条件で買うかと聞かれたら、私は買う。

100万円の家が人生を完成させたのではない。この家を住める場所にしようとした時間が、私の暮らし方を変えた。

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