伊東市で100万円の中古住宅を買った。築37〜38年、土地は約50坪、建物は約60㎡。海が見える一方で、購入した時点では使えるトイレもなかった。安い家を手に入れれば、すぐ気楽な生活が始まると思っていたわけではない。それでも、実際の暮らしは想像以上に手間がかかり、同時に自分の生き方を考え直すきっかけになった。
100万円の家を買う前
以前は東京で家賃を払って暮らしていた。毎月決まった日に住居費が出ていくことは当たり前だったが、収入が安定しない時期には、その当たり前がかなり重かった。働く理由の大きな部分が家賃になり、仕事を減らすことや休むことに不安を感じていた。
家を所有することに強い憧れがあったというより、毎月の固定費を小さくできないかと考えていた。その先に、伊東の安い中古住宅があった。
海が見える100万円の家
購入の決め手は単純だった。100万円だったことと、家から海が見えたことだ。もちろん権利関係や接道は確認した。しかし最後に背中を押したのは、数字と窓の外の景色だった。
購入諸費用を含めた総額は約150万円。その後、大工工事に約50万円かかった。100万円だけで完成した生活が手に入ったわけではない。
最初の数週間はトイレがなかった
購入当初は使えるトイレがなく、災害用トイレとペットシーツで数週間を過ごした。犬のクロムのために買っていたペットシーツが、まさか自分の生活を支えるとは思わなかった。
家を買ったのに普通の生活ができない。この時、「家があること」と「住めること」は違うのだと実感した。
固定資産税の納付書
固定資産税の納付書が届いたとき、年間1万8,000円と書かれていた。東京で払っていた家賃なら、1か月にも満たない金額だった。
修繕費はかかる。屋根も外壁も設備も、自分で責任を負う。それでも納付書を見て「ああ、これなら生きていけるかもしれない」と思った。毎月の家賃から離れたことは、金額以上の安心につながった。
自由と責任が一緒に増えた
自分の家なので、屋根、外壁、ベランダ、トイレなどに自由に手を入れられる。一方、煙突の穴の位置を間違えても、誰も直してくれない。自由になった分だけ、判断の責任も自分に戻ってきた。
人生が劇的に成功したわけではない。ただ、暮らすために必要な金額が小さくなり、働き方や時間の使い方を以前より自分で考えられるようになった。
暮らしの基準が変わった
家を買う前は、住まいは完成した状態で借りるものだった。今は、少し不便でも自分で手を入れながら暮らせるかを考えるようになった。壁や設備の古さをすぐ欠点と決めず、生活に必要な部分と後回しにできる部分を分けて見る。これは家だけでなく、お金の使い方にも影響している。
一方で、修繕のことが頭から離れない時もある。次はどこを直すのか、材料はいくらか、雨の前に何を済ませるのか。賃貸の時にはなかった心配だ。家賃から自由になった代わりに、家を維持する責任は日常の中に残る。
それでも、自分で選び、自分で直した場所が少しずつ増えると、この家で暮らしている実感が強くなる。安い家を買ったことで得たのは、きれいな完成品ではなく、生活を自分で組み立てる余地だった。
変わらなかったこと
もちろん、家を買っただけで仕事や将来への不安が消えたわけではない。食費や光熱費は必要で、古い家を維持するための判断も続く。安い持ち家は人生の問題を解決する道具ではなく、毎月の固定費を一つ小さくする方法だった。
以前より豊かになったと単純には言えない。ただ、収入が少ない月に家賃の支払日を恐れなくてよいこと、自分のペースで家を直せることは大きい。生活の土台が少し低く、広くなったように感じている。
まとめ
修繕は想像より大変だった。それでも、同じ条件でもう一度買うかと聞かれたら、私は買う。100万円の家が人生を自動的に変えたのではない。この家を直し、失敗し、暮らし続ける過程で、必要なお金と自分にできることを考えるようになった。その変化が、私にとって一番大きかった。

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