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伊豆移住と仕事|100万円の家で固定費が下がっても残った問題

まず全体像を読みたい人へ

全体の流れは、43歳で100万円の家を買ったら人生はどう変わったのか にまとめています。

100万円の家を買って、毎月の家賃はなくなった。

これは大きかった。

埼玉で暮らしていた頃は、毎月5万円の家賃が出ていった。更新月もあり、駐車場も考えなければならない。犬のクロムもいたので、引っ越し先を探すのも簡単ではなかった。

だから、伊東の100万円の家を買って、毎月の家賃がなくなった時、気持ちはかなり楽になった。

ただし、家賃がなくなったからといって、仕事の問題まで消えたわけではなかった。

ここで書くのは、僕が経験した仕事と当時の支出の記録だ。今の求人や賃金の相場は、仕事を探す時に確認する必要がある。

固定費が下がると、仕事の選び方は変わる

家賃がなくなると、まず気持ちに余白ができる。

毎月5万円を必ず用意しなければならない感覚が薄くなる。生活に必要な最低金額が少し見えやすくなる。

固定資産税の納付書が届いた時、年間1万8000円だった。埼玉で月5万円の家賃を払っていた頃の自分からすると、1か月分にも満たない金額だ。

その納付書を見た時、「ああ、これなら生きていけるかもしれない」と思った。

仕事の選び方も変わった。大きく稼ぐより、まず生活が続けばいい。自分が生きていければいい。そういう方向へ少し寄った。

僕の記録にある金額と移動時間

項目僕の記録読む時の条件
埼玉での家賃月5万円当時の本人の記憶による金額。現在の家賃相場ではない
伊東の家の固定資産税納付書で年1万8000円当時のこの家の税額。修繕・保険などの維持費全体ではない
紹介された別勤務地への移動車で40分か50分ほどだったと思う当時の記憶。一般的な通勤時間の目安ではない

家賃がなくなった分を、そのまま自由に使えるお金や年間の節約額にはできない。食費、光熱費、車、税金、保険、修繕費を賄う収入は必要だった。

楽な仕事を選べるようになった

伊豆へ来てから、競輪場、インフラ系、マンション管理人、観光施設の料金所など、いくつかの仕事をしてきた。

どれも、給料が高いから選んだというより、続けやすそうだったり、楽そうだったり、自分の生活と合いそうだったりしたから選んだ仕事だった。

家賃がなければ、給料が少し安くても最低限の生活はできるかもしれない。

そう考えられるようになったのは、かなり大きい。

働き方を選ぶ時に、「家賃のために無理をする」という感覚が少し弱くなった。

首になっても何とかなると思った

当時は、仕事を首になっても「まあ別にいいや」と思える余白が少しあった。

家があるから、最悪なんとかなる。

そう考えていた。

これは、賃貸の頃にはあまり持てなかった感覚だ。家賃があると、仕事が途切れることへの不安が大きい。家賃の支払い日は待ってくれない。

持ち家になったことで、仕事が全部ではなくなった。少なくとも、家賃のためだけに仕事を選ぶ感じは小さくなった。

でも、それは少し甘かった

ただし、今振り返ると、その考えは少し甘かった。

インフラ関係の下請けで、設備の確認やチェックをする仕事をしていた時には、「この仕事なら長く続けられるかもしれない」と思った。

仕事中、後ろから追突された。

僕は診察を受け、診断書を会社へ提出した。

その後、仕事を切られた。

会社からは、別の勤務地も紹介された。自宅から車で40分か50分ほどかかる場所だったと思う。

その勤務地は断った。最終的に、契約は終了した。

伊豆で僕が探していた条件では、選べる仕事が限られた。

「次でいいや」と思っていると、選べる仕事は少しずつ限られてくる。

安い家を買って固定費が下がったとしても、食費、光熱費、車、税金、保険、修繕費は必要だ。古い家なら、突然どこかを直さなければならないこともある。

つまり、家賃は消えても、お金の問題が全部消えるわけではない。

固定費が下がることと、収入の道をどう作るかは別の問題だった。

地方で暮らすなら、希望に合う仕事と通勤も確かめたい

伊豆の暮らしは気に入っている。

海が見える。山の上で静かに暮らせる。クロムと散歩できる。自分のペースで家を直していける。

でも、僕が希望する条件に合う仕事の選択肢は多くなかった。

高い給料の会社員仕事を求める人には、地方の安い家暮らしは難しいかもしれない。家は安くても、収入が安定しないと怖さは残る。

自分の場合も、仕事探しでうまくいかなかった時は、どこかで工場の仕事などをして、もう少し賃金の高い場所で働き、お金を貯めてから戻ってくる方がいいのではないかと考えたことがある。

家があることは安心になる。

でも、働き方まで自動的に解決してくれるわけではない。

安い家は、仕事をやめるための道具ではなかった

100万円の家を買えば、働かなくてよくなる。 そういう話ではなかった。

家賃がなくなることで、必要な生活費は下がる。仕事の選び方にも余白ができる。無理な仕事を選ばなくてもいいかもしれない、という感覚は生まれる。

でも、古い家を維持するお金は必要だ。地方でどう稼ぐかも考え続けなければならない。

安い家は、仕事から逃げるための道具ではなく、自分の暮らしに必要なお金を見直すための土台だったのだと思う。

移住前に仕事と暮らしを確かめるなら

これから伊豆での仕事を探すなら、家の価格と一緒に、希望する職種や勤務時間、雇用条件を見ておきたい。候補の家から勤務地まで、実際の勤務時間に通えるかも確かめる必要がある。

現在の求人は、ハローワーク伊東の求人検索や、地域・職種から探せる静岡県移住・就業支援金求人サイトで確認できる。僕が経験した仕事が今も募集されている、という意味ではない。募集内容や応募条件は、その都度確かめたい。

伊豆移住と仕事についての疑問

伊豆へ来て、どんな仕事をしてきた?

競輪場、インフラ系、マンション管理人、観光施設の料金所などで働いてきた。給料の高さだけでなく、続けやすそうか、生活に合いそうかを考えて選んだ。

家賃がなくなれば、働かなくても暮らせる?

僕の場合は、そうではなかった。生活費や車、古い家の修繕などに使うお金が必要だった。この記事にある家賃と税金だけでは、毎月いくら稼げば暮らせるかは決められない。

求人票のほかに、何を確かめたい?

家賃以外の支出と、勤務地までの経路だ。候補の家から勤務開始に間に合い、仕事が終わってから帰れるかを確かめたい。

まとめ|固定費は下がる。でも仕事は別問題

100万円の家を買って、固定費は下がった。

これは間違いなく大きい。

家賃5万円がなくなったことで、気持ちはかなり楽になった。仕事の選び方も変わった。給料の高さだけでなく、続けやすさや生活との相性を考えられるようになった。

ただし、仕事の問題は消えなかった。

僕が伊豆で探した条件では、仕事の選択肢が限られた。修繕費もかかる。車や生活費も必要だ。

だから今の結論はこうだ。

安い家は、人生を全部楽にするものではない。

でも、自分がどのくらい稼げば暮らせるのかを考えるきっかけにはなる。

それが、100万円の家を買って一番大きく変わったことの一つだった。

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